内田裕之(Hiroyuki Uchida, Ph.D.)
臨床心理士 岐南カウンセリングルーム室長本書『インサイドアウト「内なる子ども」を癒す』の監修者による言葉。当事者の方に向けたものと、臨床・専門家の方に向けたものの、2種を収録しています。
内田 裕之(Uchida Hiroyuki)
Ph.D. 臨床心理士
岐南カウンセリングルーム室長。1967年京都府生まれ。精神科病院、スクールカウンセラー、学生相談室を経て、大阪大学大学院准教授、東海学院大学教授を歴任後、岐阜市にて岐南カウンセリングルームを開設。専門は臨床心理学、心理アセスメント、イメージを媒介とした心理療法、無意識を想定した深層心理学アプローチ、発達障害児養育者への専門的援助。著書に『心理アセスメントの常識——心構えからフィードバックまで 基礎と実践の手引き』(遠見書房)ほか。
当事者の方に向けたことば
心の苦しさを抱えている方、この本を手に取ってくださった方へ、内田裕之より。
近年、メンタルヘルスへの関心が社会的に高まるなかで、愛着障害、インナーチャイルドといった心のテーマが注目されています。本書『インサイドアウト「内なる子ども」を癒やす 〜Drop+Kiss…+より〜』は、幼少期のこころの傷、精神的な病、喪失に向き合いながら生きた一人の女性の記録「Drop+Kiss…+」をもとに、自身の内にインナーチャイルドを見いだすまでの歩みをナレーションとともに辿るノンフィクション文学です。
本書は、20年にわたって残された1000万文字を超える本人の日記に加え、700ページを超える医療カルテを参照しながら構成されています。読者に語りかけるように綴られた本書は、個人の記録を超えて、読む人が自身の心に向き合う気付きとなるものです。インナーチャイルドを抱える当事者や家族・パートナー、臨床・児童心理の専門家、そして人間の精神的成長に関心を持つすべての人を対象にしています。
まず、私がこの本の監修を務めた経緯を簡単に記しておきます。
私は臨床心理士で、以前は大学教員をしていましたが、現在は岐阜で個人開業をしている者です。
この本に出会ったきっかけが、ななさんのカウンセラーをしておられて、残念ながらカウンセリングの途中、病気で亡くなったS先生の友人であったことを著者が知られて、私のオフィスまで来られてS先生のお人柄やカウンセリングに対する態度をお話したことでした。
私自身、S先生のお仕事の一端を知り、大変興味深く「内なる子ども」を拝読させていただきました。こうした経緯で監修を務めることになりました。
この本を読んで、印象的だったことはいくつもあります。一つは、私の友人、S先生のカウンセリング(心理療法)に向かう態度です。彼が敬愛していたドナルド・ウィニコットというイギリス人の心理療法家の「抱えること」を実践しておられた様子です。多くのカウンセラーは指示したり、リードしたりする形でカウンセリングを進めがちですが、S先生はななさんの様子をよく見て、そっと語りかけるようにことばを発しています。そこには、ななさんのペースを乱さず、その時その時のななさんに合わせて、押しつけがましくなく、ななさん自身が自分で自分の心の世界を見つめていくことに専念されています。こうしたS先生の抱えることに支えられて、ななさんの中でポッと印象に残ったことが日記の中で展開されていきます。このような心理療法のプロセスを見ることができたのは、一つの収穫でした。この様子が知れたのは、著者がS先生の勤務されていた病院へ情報公開を求められたことが大きく、それが倫理的にも配慮された形で記載されています。
二つ目に、これは、この本の大きな特徴であるななさんの日記が掲載されていることです。上に罫線が引かれているななさんの日記を通して、ななさんという方の心の動きを垣間見ることができました。ななさんはこの日記をパソコンで書いておられたそうです。途中、リターンキーを何度もタッチされて、スペース・空白があることに目がいくことでしょう。
これは、決してスペースの無駄使いではありません。心理療法では、クライエントの沈黙を大切にして心理療法家は接していきます。心理療法では、すらすらと対話が進むことはむしろ少なく、沈黙が生じてきます。その沈黙ののちに、クライエントがポツリと話されることには注目すべき反応が含まれています。
ななさんが一人でPCに向き合い、自分の心の動きを記された中には、ななさんが「沈黙」を通して、心の中を見つめ、ことばが紡ぎ出されていく様子が読み取ることができます。日記の中のスペースは、このような沈黙や間(ま)のような働きをしていることが注目されます。読者の方々には、スッと横流しで文字だけを読み進めるのではなく、ななさんのリズムを感じながら、ことばが紡ぎ出されていく様子を味わいながら、読んでいただきたいと思います。
数行にわたるスペースの後にことばが出てくるところを味わいながら、そこに生じたことばの重みを感じてみてください。それは、短いフレーズのこともあれば、一つの文章になっている個所も見られます。おそらく、ななさんは自分で心の世界に向き合われていく中で、かつて経験されたことに意味を見出していかれる瞬間が描かれているのだと思います。それは、まるで、食べたことのない料理を初めて食べた時のなんとも形容しがたい我々の体験を参考にしてもらえば、ななさんの心の作業がより見えてくることでしょう。
自分の人生の出来事なのに「そんなふうに考えたことがなかった」ともいえる驚き、戸惑い、ためらいの混じった表現やはっきりと意味がわかったことで感じた新鮮さや安心などもまじっています。
これは、心理療法を受けた時期として、心理療法の始まりの頃、だんだんと自分のことが見え始めた頃、はっきりと自分とインナーチャイルドの存在を感じて向き合うことができるようになった頃、という具合に読み進めていただくと、より一層ななさんの姿が見えてくることでしょう。ところによっては、長いスペースが数ページに渡るところもあります。これは、ななさんがどんな時期におられたのか、そして心の中に起こった変化とは何か、を軸にして読んでいくと読者の方々にもななさんの心の変化が伝わってくることと思います。
そこには、ななさんがかつて経験しなかったことを心理療法や日々の生活を通して、なんとかことばにしようとされた心の動き、かつて経験したことがなかったためにうまく表現できることばが見つからず、それでも自分の今の体験を書き残そうとことば探しをされた様子を私は感じました。繊細なななさんの心の世界をことばに翻訳するには、あまりにも我々が使っていることばというものが足りないか、ことばにならなかったことがいかにしてことばになっていくか、そのプロセスを丁寧に味わって読んでみてください。
誰しもそうですが、自分のインナーチャイルドに向き合うことにおいては、驚きや逡巡や熟考が生じてきて、少しずつ少しずつインナーチャイルドの成長が進んでいきます。
残念ながらS先生は最後までななさんと向き合っていくことができませんでした。もしS先生との心理療法が続いて、二人で一緒に見つめていくことができていれば、もう少しことばが見つかりやすかったかもしれません。それでも、インナーチャイルドは成長していき、それとともに、ななさんも成長していかれたことはよく伝わってきます。
S先生亡き後、ななさんが歩まれた過程はつらかったことと思いますが、それでもななさんの心の中に内在化されたS先生との対話を続けられて、インナーチャイルドの成長を見ていかれたななさんが自分の心をより豊かにしていかれた軌跡を読むことができます。その様子はさながら、外界も内界も、過去も現在も未来も受け入れにくくなっているななさんに対して、まるで、S先生は「八分粥」から始めてななさんの様子から消化吸収を考えていかれ、その「お粥」の味をななさんが日記として記録され、だんだんと「五分粥」を出すようになるS先生、それを食べたななさんの日記、という具合に進んでいき、S先生は「三分粥」くらいまでのななさんのご回復を見て、二人の心理療法が幕を閉じたように私は感じました。その後、「お粥」ではなく「ご飯」が食べられるようになるななさんを見たかったのは、S先生だったのかもしれません。
どうぞ読者の皆さんにもななさんが内的に体験されたことを追体験する意味で、スペースを読み飛ばさずゆっくり間を味わうように間を読んでいただけるとより理解が深まることと思います。
どうぞ、インナーチャイルドに向き合うことになった方々、そうした苦悩を持つ方に接していかれるご家族やご友人や自分の愛する方々に読んでいただきたい貴重な本です。
残念ながらというか、インナーチャイルドはすくすくとは育ちにくい子どもです。しかし、自分のインナーチャイルドに向き合っていかれる方は、少しずつ着実にインナーチャイルドが育っていくことを実感できるでしょう。このように、インナーチャイルドとお付き合いをしていかれる方々にこの本を推薦します。
臨床・専門家の方に向けたことば
——ウィニコットの視点から
臨床心理・医療・福祉に携わる専門家の方へ、D.W. ウィニコットの理論的視座を軸に論じた一文。
「Holding」「ほどよい母親」といった概念を提唱し、発達精神医学および精神分析的児童臨床の基礎を築いた精神科医ドナルド・ウィニコットは、児童期における母親—乳幼児関係に着目して自我の発達を捉えた。
近年、メンタルヘルスへの関心が高まるなかで、児童期の養育関係に起因する愛着の問題が臨床的に注目されており、ウィニコット理論が改めて見直されている。
本書『インサイドアウト』(株式会社andnp)は、20年にわたって書き継がれた1000万文字を超える本人の日記と、700ページを超える医療カルテをもとに構成された、心理療法過程の記録である。「ウィニコット理論を踏まえたとき、カウンセラーは愛着障害を持つクライエントにどのように向き合うべきか」——。臨床の専門家がこの問いに向き合うとき、本書はどのように役立つだろうか。本稿では、監修者が特に着目すべきポイントを臨床の専門家に向けて案内する。
近年、メンタルヘルスへの関心が社会的に高まるなかで、愛着障害、インナーチャイルドといった心のテーマが注目されています。本書『インサイドアウト「内なる子ども」を癒やす 〜Drop+Kiss…+より〜』は、幼少期のこころの傷、精神的な病、喪失に向き合いながら生きた一人の女性の記録「Drop+Kiss…+」をもとに、自身の内にインナーチャイルドを見いだすまでの歩みをナレーションとともに辿るノンフィクション文学です。
本書は、20年にわたって残された1000万文字を超える本人の日記に加え、700ページを超える医療カルテを参照しながら構成されています。読者に語りかけるように綴られた本書は、個人の記録を超えて、読む人が自身の心に向き合う気付きとなるものです。インナーチャイルドを抱える当事者や家族・パートナー、臨床・児童心理の専門家、そして人間の精神的成長に関心を持つすべての人を対象にしています。
まず、私がこの本の監修を務めた経緯を簡単に記しておきます。
私は臨床心理士で、以前は大学教員をしていましたが、現在は岐阜で個人開業をしている者です。
この本に出会ったきっかけが、ななさんのカウンセラーをしておられて、残念ながらカウンセリングの途中、病気で亡くなったS先生の友人であったことを著者が知られて、私のオフィスまで来られてS先生のお人柄やカウンセリングに対する態度をお話したことでした。
私自身、S先生のお仕事の一端を知り、大変興味深く「内なる子ども」を拝読させていただきました。こうした経緯で監修を務めることになりました。
この本を読んで、印象的だったことはいくつもあります。一つは、私の友人、S先生のカウンセリング(心理療法)に向かう態度です。彼が敬愛していたドナルド・ウィニコットというイギリス人の心理療法家の「抱えること」を実践しておられた様子です。多くのカウンセラーは指示したり、リードしたりする形でカウンセリングを進めがちですが、S先生はななさんの様子をよく見て、そっと語りかけるようにことばを発しています。そこには、ななさんのペースを乱さず、その時その時のななさんに合わせて、押しつけがましくなく、ななさん自身が自分で自分の心の世界を見つめていくことに専念されています。こうしたS先生の抱えることに支えられて、ななさんの中でポッと印象に残ったことが日記の中で展開されていきます。このような心理療法のプロセスを見ることができたのは、一つの収穫でした。この様子が知れたのは、編著者がS先生の勤務されていた病院へ情報公開を求められたことが大きく、それが倫理的にも配慮された形で記載されています。
二つ目に、これは、この本の大きな特徴であるななさんの日記が掲載されていることです。上に罫線が引かれているななさんの日記を通して、ななさんという方の心の動きを垣間見ることができました。ななさんはこの日記をパソコンで書いておられたそうです。途中、リターンキーを何度もタッチされて、スペース・空白があることに目がいくことでしょう。
これは、決してスペースの無駄使いではありません。心理療法では、クライエントの沈黙を大切にして心理療法家は接していきます。心理療法では、すらすらと対話が進むことはむしろ少なく、沈黙が生じてきます。その沈黙ののちに、クライエントがポツリと話されることには注目すべき反応が含まれています。
ななさんが一人でPCに向き合い、自分の心の動きを記された中には、ななさんが「沈黙」を通して、心の中を見つめ、ことばが紡ぎ出されていく様子が読み取ることができます。日記の中のスペースは、このような沈黙や間(ま)のような働きをしていることが注目されます。読者の方々には、スッと横流しで文字だけを読み進めるのではなく、ななさんのリズムを感じながら、ことばが紡ぎ出されていく様子を味わいながら、読んでいただきたいと思います。
数行にわたるスペースの後にことばが出てくるところを味わいながら、そこに生じたことばの重みを感じてみてください。それは、短いフレーズのこともあれば、一つの文章になっている個所も見られます。おそらく、ななさんは自分で心の世界に向き合われていく中で、かつて経験されたことに意味を見出していかれる瞬間が描かれているのだと思います。それは、まるで、食べたことのない料理を初めて食べた時のなんとも形容しがたい我々の体験を参考にしてもらえば、ななさんの心の作業がより見えてくることでしょう。
自分の人生の出来事なのに「そんなふうに考えたことがなかった」ともいえる驚き、戸惑い、ためらいの混じった表現やはっきりと意味がわかったことで感じた新鮮さや安心などもまじっています。
これは、心理療法を受けた時期として、心理療法の始まりの頃、だんだんと自分のことが見え始めた頃、はっきりと自分とインナーチャイルドの存在を感じて向き合うことができるようになった頃、という具合に読み進めていただくと、より一層ななさんの姿が見えてくることでしょう。ところによっては、長いスペースが数ページに渡るところもあります。これは、ななさんがどんな時期におられたのか、そして心の中に起こった変化とは何か、を軸にして読んでいくと読者の方々にもななさんの心の変化が伝わってくることと思います。
そこには、ななさんがかつて経験しなかったことを心理療法や日々の生活を通して、なんとかことばにしようとされた心の動き、かつて経験したことがなかったためにうまく表現できることばが見つからず、それでも自分の今の体験を書き残そうとことば探しをされた様子を私は感じました。繊細なななさんの心の世界をことばに翻訳するには、あまりにも我々が使っていることばというものが足りないか、ことばにならなかったことがいかにしてことばになっていくか、そのプロセスを丁寧に味わって読んでみてください。
誰しもそうですが、自分のインナーチャイルドに向き合うことにおいては、驚きや逡巡や熟考が生じてきて、少しずつ少しずつインナーチャイルドの成長が進んでいきます。
残念ながらS先生は最後までななさんと向き合っていくことができませんでした。もしS先生との心理療法が続いて、二人で一緒に見つめていくことができていれば、もう少しことばが見つかりやすかったかもしれません。それでも、インナーチャイルドは成長していき、それとともに、ななさんも成長していかれたことはよく伝わってきます。
S先生亡き後、ななさんが歩まれた過程はつらかったことと思いますが、それでもななさんの心の中に内在化されたS先生との対話を続けられて、インナーチャイルドの成長を見ていかれたななさんが自分の心をより豊かにしていかれた軌跡を読むことができます。その様子はさながら、外界も内界も、過去も現在も未来も受け入れにくくなっているななさんに対して、まるで、S先生は「八分粥」から始めてななさんの様子から消化吸収を考えていかれ、その「お粥」の味をななさんが日記として記録され、だんだんと「五分粥」を出すようになるS先生、それを食べたななさんの日記、という具合に進んでいき、S先生は「三分粥」くらいまでのななさんのご回復を見て、二人の心理療法が幕を閉じたように私は感じました。その後、「お粥」ではなく「ご飯」が食べられるようになるななさんを見たかったのは、S先生だったのかもしれません。
どうぞ読者の皆さんにもななさんが内的に体験されたことを追体験する意味で、スペースを読み飛ばさずゆっくり間を味わうように間を読んでいただけるとより理解が深まることと思います。
どうぞ、インナーチャイルドに向き合うことになった方々、そうした苦悩を持つ方に接していかれるご家族やご友人や自分の愛する方々に読んでいただきたい貴重な本です。
残念ながらというか、インナーチャイルドはすくすくとは育ちにくい子どもです。しかし、自分のインナーチャイルドに向き合っていかれる方は、少しずつ着実にインナーチャイルドが育っていくことを実感できるでしょう。このように、インナーチャイルドとお付き合いをしていかれる方々にこの本を推薦します。