ひみつ
世界は片手でおおきなひみつをわたしたちに隠しながら
もう片方の手で真理を示すようにみえる
わたしたちは
互いを愛しあうことで
その真理を見ることができる
ひみつをたとえしらなくても
愛することが答えだと
そして感謝し祈ることで応えようと
ふとそんなきもちになった
内田裕之 Ph.D.
臨床心理士/岐南カウンセリングルーム室長
元・大阪大学大学院准教授
自分の心の動きを記された中には、心の中を見つめ、ことばが紡ぎ出されていく様子を読み取ることができます。日記の中のスペースは、このような沈黙や間のような働きをしていることが注目されます。
世界は片手でおおきなひみつをわたしたちに隠しながら
もう片方の手で真理を示すようにみえる
わたしたちは
互いを愛しあうことで
その真理を見ることができる
ひみつをたとえしらなくても
愛することが答えだと
そして感謝し祈ることで応えようと
ふとそんなきもちになった
内なる子どもとは、誰のなかにもいる神聖な幼子である。近年、傷ついた内なる子どもはインナーチャイルドとも呼ばれる。ユングによれば、内なる子どもは、永遠のいまここに生きていて、私たちの生きる感覚そのものである。あなたがそれを見失ったとき、この本を手にとってみてほしい。
不安ってね……みんながもっているものなんだよ。
神さまから、人へ、その持ち物として与えられたものなんだよ。
だから……不安がない人などいない。
闇ってね……みんながもっているものなんだよ。
愛ってね……みんながもっているものなんだよ。
それを与えられるだけではなく、与える側になりなさいと、
神さまはいっているんだよ。
そうすれば、世界は愛に満ちるからね。
死ってね……だれにでもおとずれるものなんだよ。
遅かれ早かれ人は死ぬ。そのように神さまが作られたからなんだよ。
ねぇ……。
じゃあ……
聖なるものってなあに?
それはね
うまれたときからみんながもっているものなんだよ。
それをより輝かせて、神さまにみせられるようにしないとね。
さぁ、今日はもうおそいからねようか。
はあい……。
最も奥深い感情のなかに、最も高い真実が隠されている。それはこころの奥底から私たちに絶えず語りかけている。雛瀬が16歳で日記をつけ始めたのは、最も深い感情からの呼びかけであった。そして、それに従うことは多くの人々にとって安易な道ではない。むしろ、困難なものである。彼女にとってもそうであった。何かを決意したかのように16歳で日記をつけ始めた時のことについて彼女はこのように語っている。
ななは高校生になって、しばらくして、ある日、決めた。
「自分にすなおでいよう。」
そしてこの日記をかきはじめた。すると、瞬く間にふあんと恐怖とこどくにおそわれるようになった。ひとを好きになるのが思春期だと教えられたけれど、すきとかきらいの前に自分がそこにいていいのかがわからなかった。
いつの間にかリストカットするようになった。痛いとか、どうしてとか、ぜんぶわすれた。
ななはきっと、リセットされたんだ……
一度死んだたましいが
ふたたびこの体の中で生きようと
呼吸をはじめた。
なながなんやかんやといっしょうけんめい日記をかくのには、明確な理由がある。それは、ただただ自分に素直でいようと努力するため。
日記を書かなければ、日々は確実に年月を蝕んでゆく。
ななは、ただときがながれればそれでいいせかいに、いきてたの……それをやめたかったの……きっと……。だから、書くってこと自体が、すでにすなおさなの。
そして、その内容には偽りやきたないものがあってはならない。それはなながきめたルールだから。いくつかルールはあって……それをすべてクリアしなければならないけれど……書けることってたくさんあるから、そこで絞らないといけない。
ぜんぜん絞れてないのがななの日記なんだけどね。でもこれでも絞ってるんだよ。みえないところでね。
日ごろの生活で、ななは、どれだけ自分に素直でいられているのかな。
なながどれだけすなおでいられているかが、神さまにえらばれる基準のようなきがするの。
神さまなんておおげさなものじゃなくても、自分を律してくれる真心の親みたいな……そんな感じ。親だからね……誰にでもいて、宗教なんて関係なく、きっと、内なる神は存在するんだろうし、どんな手段で接触するかは選べると思う。
いつのころからか……根強い感覚。
「リストカットがやめられない」。親に連れられて、不安げな面持ちで彼女がO病院の精神科を初めて訪れたのは2004年の高校2年生のころだった。睡眠障害や不安など軽度の症状を扱う近所のメンタルクリニックから紹介を受けて地域の中核病院であるO病院へ向かった彼女は、医師の指示で心理カウンセリングを受けることとなり、そこで、その後、14年間にわたりお世話になるカウンセラーのS先生と出会った。
S先生は、白衣に身を包んだ40代前半の男性で、線の細い上品な印象の臨床心理士だった。大学卒業後、隣町にあるY市の児童相談センターでキャリアを積んだのち、数年前からO病院の専任となっていた。S先生の専門が児童心理であったことは、彼女にとって幸運なことだった。
純粋な関心を向けられる以上に励みになることがあるだろうか。ささいなことに関しては支配的/過干渉なのに、頼りたいときには放置/無関心な家庭環境だった。窮屈なのに頼れないという思いで育った彼女は、カウンセリングに弾む気持ちを抑えきれなかったはずだ。
自分をわかってくれるのではないかという期待とまた裏切られるのではないかという恐れを感じながら、彼女は、自身についてノートに綴り、初めてのカウンセリングに持っていった。そのときのことをS先生はカルテにこのように記録している。
中学時代に自分があったいじめについてノートに記して持参。
感情を顕にせず、悲惨な状況を淡々と朗読される。PT(編集部注:患者)が属している友人グループの中では、自分のことを「ナナ」、両親を「パパ、ママ」と呼び、日常生活と異なる呼称を用いている。
よい意味で新しい自分を創ろうとしていると受け止められるが、他方で現実を否認しているとも読み取れる状況である。
PTがいじめを気のせいだろうと否認し続けながらリストカットをすることは、生きている生身の人間であることを確認する意味なのかもしれないと解釈した。
「物」のように心の無い存在として扱われることに対する本人なりの抵抗なのであろう。
また、淡々と語ることについても気持ちを押し殺すことが慢性化し、本当の気持ちを見つけることができなくなってしまっていることを伝えた。
小学校では無視され、いじめられた。中学校では陰口を叩かれ、担任はそれを黙認した。
抱えきれないほどの情けなさと悲しみを押し殺してきた彼女が、〝ただ時が流れればいい世界に生きていたのをやめて、自分に素直になる〟ことを決意した高校生の時、S先生に出会った。
そこで、彼女は幼少期のPTSDとそれに伴う解離性同一性障害と医師から診断され、心理カウンセリングが始まった。
それは、解離により自分自身を失い、空虚感、虚無感、憂鬱に生きていた彼女が、闇のなかで光を求める歩みの始まりだった。
ここまでが試し読みです
心理療法の可能性と、カウンセラーが人の人生にどれほど深く関わりうるかを問いかける一冊として監修。
いのちの尊厳、グリーフ、受け継がれるいのちという観点から、本書に推薦を寄せています。
この試し読みは、全体のごく一部です。日記、カルテ、ナレーションが重なりながら、第一部から第三部へと進んでいきます。
著:雛瀬なな 編:敷島真也
監:内田裕之(Ph.D.)
四六判 / 392頁 / 1,800円+税
ISBN 978-4-9913844-0-0
著:雛瀬なな 編:敷島真也
監:内田裕之(Ph.D.)
四六判 / 416頁 / 1,800円+税
ISBN 978-4-9913844-1-7
Amazonは各巻の商品ページ、楽天ブックスは書店内の検索結果が開きます。
内田裕之 Ph.D.
臨床心理士/岐南カウンセリングルーム室長
元・大阪大学大学院准教授
本書を心理療法のプロセスとして読むための、監修者の視点を全文でご紹介します。
岐南カウンセリングルームまず、私がこの本の監修を務めた経緯を簡単に記しておきます。私は臨床心理士で、以前は大学教員をしていましたが、現在は岐阜で個人開業をしている者です。
この本に出会ったきっかけが、ななさんのカウンセラーをしておられて、残念ながらカウンセリングの途中、病気で亡くなったS先生の友人であったことを著者が知られて、私のオフィスまで来られてS先生のお人柄やカウンセリングに対する態度をお話したことでした。
私自身、S先生のお仕事の一端を知り、大変興味深く「内なる子ども」を拝読させていただきました。こうした経緯で監修を務めることになりました。
この本を読んで、印象的だったことはいくつもあります。1つは、私の友人、S先生のカウンセリング(心理療法)に向かう態度です。彼が敬愛していたドナルド・ウィニコットというイギリス人の心理療法家の「抱えること」を実践しておられた様子です。
多くのカウンセラーは指示したり、リードしたりする形でカウンセリングを進めがちですが、S先生はななさんの様子をよく見て、そっと語りかけるようにことばを発しています。そこには、ななさんのペースを乱さず、その時その時のななさんに合わせて、押しつけがましくなく、ななさん自身が自分で自分の心の世界を見つめていくことに専念されています。
こうしたS先生の抱えることに支えられて、ななさんの中でポッと印象に残ったことが日記の中で展開されていきます。このような心理療法のプロセスを見ることができたのは、一つの収穫でした。この様子が知れたのは、編著者がS先生の勤務されていた病院へ情報公開を求められたことが大きく、それが倫理的にも配慮された形で記載されています。
2つ目に、これは、この本の大きな特徴であるななさんの日記が掲載されていることです。上に罫線が引かれているななさんの日記を通して、ななさんという方の心の動きを垣間見ることができました。ななさんはこの日記をパソコンで書いておられたそうです。途中、リターンキーを何度もタッチされて、スペース・空白があることに目がいくことでしょう。
これは、決してスペースの無駄使いではありません。心理療法では、クライエントの沈黙を大切にして心理療法家は接していきます。心理療法では、すらすらと対話が進むことはむしろ少なく、沈黙が生じてきます。その沈黙ののちに、クライエントがポツリと話されることには注目すべき反応が含まれています。
ななさんが一人でパソコンに向き合い、自分の心の動きを記された中には、ななさんが「沈黙」を通して、心の中を見つめ、ことばが紡ぎ出されていく様子が読み取ることができます。日記の中のスペースは、このような沈黙や間のような働きをしていることが注目されます。
読者の方々には、スッと横流しで文字だけを読み進めるのではなく、ななさんのリズムを感じながら、ことばが紡ぎ出されていく様子を味わいながら、読んでいただきたいと思います。
数行にわたるスペースの後にことばが出てくるところを味わいながら、そこに生じたことばの重みを感じてみてください。それは、短いフレーズのこともあれば、一つの文章になっている箇所も見られます。おそらく、ななさんは自分で心の世界に向き合われていくなかで、かつて経験されたことに意味を見出していかれる瞬間が描かれているのだと思います。
それは、まるで、食べたことのない料理を初めて食べた時のなんとも形容しがたい我々の体験を参考にしてもらえば、ななさんの心の作業がより見えてくることでしょう。自分の人生の出来事なのに「そんなふうに考えたことがなかった」ともいえる驚き、戸惑い、ためらいの混じった表現やはっきりと意味がわかったことで感じた新鮮さや安心なども混じっています。
これは、心理療法を受けた時期として、心理療法の始まりの頃、だんだんと自分のことが見え始めた頃、はっきりと自分とインナーチャイルドの存在を感じて向き合うことができるようになった頃、という具合に読み進めていただくと、より一層ななさんの姿が見えてくることでしょう。
ところによっては、長いスペースが数ページに渡るところもあります。これは、ななさんがどんな時期におられたのか、そして心の中に起こった変化とは何か、を軸にして読んでいくと読者の方々にもななさんの心の変化が伝わってくることと思います。
そこには、ななさんがかつて経験しなかったことを心理療法や日々の生活を通して、なんとかことばにしようとされた心の動き、かつて経験したことがなかったためにうまく表現できることばが見つからず、それでも自分の今の体験を書き残そうとことば探しをされた様子を私は感じました。
繊細なななさんの心の世界をことばに翻訳するには、あまりにも我々が使っていることばというものが足りないか、ことばにならなかったことがいかにしてことばになっていくか、そのプロセスを丁寧に味わって読んでみてください。
誰しもそうですが、自分のインナーチャイルドに向き合うことにおいては、驚きや逡巡や熟考が生じてきて、少しずつ少しずつインナーチャイルドの成長が進んでいきます。
残念ながらS先生は最後までななさんと向き合っていくことができませんでした。もしS先生との心理療法が続いて、二人で一緒に見つめていくことができていれば、もう少しことばが見つかりやすかったかもしれません。それでも、インナーチャイルドは成長していき、それとともに、ななさんも成長していかれたことはよく伝わってきます。
S先生亡き後、ななさんが歩まれた過程はつらかったことと思いますが、それでもななさんの心の中に内在化されたS先生との対話を続けられて、インナーチャイルドの成長を見ていかれたななさんが自分の心をより豊かにしていかれた軌跡を読むことができます。
その様子はさながら、外界も内界も、過去も現在も未来も受け入れにくくなっているななさんに対して、まるで、S先生は「八分粥」から始めてななさんの様子から消化吸収を考えていかれ、その「お粥」の味をななさんが日記として記録され、だんだんと「五分粥」を出すようになるS先生、それを食べたななさんの日記、という具合に進んでいき、S先生は「三分粥」くらいまでのななさんご回復を見て、二人の心理療法が幕を閉じたように私は感じました。
その後、「お粥」ではなく「ご飯」が食べられるようになるななさんを見たかったのは、S先生だったのかもしれません。どうぞ読者の皆さんにもななさんが内的に体験されたことを追体験する意味で、スペースを読み飛ばさずゆっくり間を味わうように間を読んでいただけるとより理解が深まることと思います。
どうぞ、インナーチャイルドに向き合うことになった方々、そうした苦悩を持つ方に接していかれるご家族やご友人や自分の愛する方々に読んでいただきたい貴重な本です。
残念ながらというか、インナーチャイルドはすくすくとは育ちにくい子どもです。しかし、自分のインナーチャイルドに向き合っていかれる方は、少しずつ着実にインナーチャイルドが育っていくことを実感できるでしょう。このように、インナーチャイルドとお付き合いをしていかれる方々にこの本を推薦します。
幼少期の傷に向き合うことは、こころの豊かさを探す意識的な旅です。
本書のテーマ、素材、想定する読者、構成、編集方針を全文でご紹介します。
内なる子どもとは、誰のなかにもいる神聖な幼子である。近年、傷ついた内なる子どもはインナーチャイルドとも呼ばれる。ユングによれば、内なる子どもは、永遠のいまここに生きていて、私たちの生きる感覚そのものである。あなたがそれを見失ったとき、この本を手にとってみてほしい。
内なる子どもは、合理的に見れば救いなど見いだせないときでも私たちが希望を持つ源泉である。人生は理不尽に満ちていて、老いと病は避けられないし、大切な人や自らの死も避けられない。それでも内なる子どもは、叶わないと知っていても無邪気に期待している。裏切られると分かっていても人を信じている。いつかこの世を去るとしても、自分が世界の一部であると感じている。それは世界と一体となって喜び、悲しむ無垢な存在である。同時に、繊細で傷つきやすく、脆弱でか弱い存在である。従って、それは私たち一人ひとりが大切に守らなければならない神聖な幼子である。
本書は、ある女性が16歳から20年にわたり書き記した日記をもとに、内なる子どもを追い求めた歩みを辿る真実の物語である。わたしは10代の終わりに彼女と出会い、彼女が亡くなるまでをともに過ごした。雛瀬ななという名のその女性は、病と喪失によって自らの一部を失い、愛や自分を超えたものを人生をかけて探求した。本書はその軌跡を彼女の死後に本人に代わりまとめたものである。
雛瀬は16歳の時からDrop+Kiss...+ と名付けた日記を綴っていた。そこに書かれた量は1000万文字にのぼり、およそ書籍100冊に相当する膨大なものである。内なる子どもを見いだすまでのその日記には、日常の出来事やそのときに感じたことを通じてその歩みが生き生きと記録されている。それはさまざまな言葉で表現できるだろう。
心理療法を通じて幼少期のトラウマや解離性同一性障害、複雑性PTSDといった病に向き合ったことは精神的な歩みといえるだろう。大切な人を喪失し、一方で新たな出会いを得たことは人生の歩みといえるだろう。あるいは、心の深奥にある崇高さを求めて、分離から統合へ、さみしさから感謝へ、渇望から祈りへ向かった点では霊的な歩みであったといえる。
本書は3つの読者に向けて書かれた。1つ目の読者はインナーチャイルドを抱える当事者、その家族やパートナーである。雛瀬は幼少期に内なる子どもを失った。Drop+Kiss...+ は、インナーチャイルドに向き合いながらそれを見いだすまでの記録である。先が見えないなかで日々向き合った記録だからこそ、いま、答えのない日々を歩むための気付きのきっかけにしていただきたい。
もう1つの読者は、臨床現場の専門家や児童心理の研究者である。インナーチャイルドや解離性同一性障害、複雑性PTSDに関しては社会的関心が高く、多くの研究がなされているが、当事者により20年にわたって綴られた記録、しかも1000万文字にのぼる詳細な記録は稀有である。
本書は、本人の20年にわたる日記に加えて、開示請求により得た病院のカルテも参照している。カルテについても700ページを超えており、ほぼすべての診察とカウンセリングの記録が残っていた。医師や臨床心理士の所見も数多く得られたため、客観的な情報として適宜抜粋している。
3つ目の読者は霊的な探求者である。心理的なトラウマ体験が精神的な成長のきっかけとなることは心的外傷後成長(Post Traumatic Growth:PTG)として知られているが、雛瀬についてもそうであった。
わたしは18歳の時に雛瀬と出会い、彼女が亡くなるまでをともに過ごした。そのなかで彼女について特異だったと感じる点は、彼女には光と闇、愛と不安、生と死が混じり合うというより、それぞれがそのものとして存在していたことだ。まるでキャンバスの片側を白、もう片側を黒で塗りつぶしたようなコントラストの強さだった。
意識や記憶、自我の同一性が失われる解離性同一性障害ゆえだったのかもしれない。解離ゆえに、過酷な幼少期を過ごしたにもかかわらず、心の白い部分が塗りつぶされることはなく、彼女は人を信じることや愛することを忘れることはなかった。しかし、もう片側は漆黒に塗りつぶされ、まるで魂が分断されているかのようだった。彼女は闇のなかで光を求め、不安のなかで愛を求めた。
その歩みのなかで、結果的には彼女はカトリックの洗礼を受けた。しかし、誤解してほしくないのだが、それは心理的な逃避ではなかったし、なんらかの教義を信じることですらなかった。むしろ、一度は失われた内なる子どもを自身の力で見いだす歩みであり、心の深奥にある自分を超えた存在に対する憧憬を、行動を通じて内側から外側に向けて形にするインサイドアウトな取り組みであった。
もしこの歩みが外側から内側に向かうものであったなら、例えばなにかを受動的に受け入れるようになったということであったなら、わたしがこれを書くことはなかっただろう。わたしがこれを書くのは、彼女が自身の大切なもののために内なる感情に耳を傾け、困難であると分かっていてもその道を歩み、内側から外側に向かって形にしていくというインサイドアウトな生き方を選んだからであり、そのプロセスが本質的に大切だと考えるためである。
本書はDrop+Kiss...+ の抜粋から構成されており、雛瀬が解離性同一性障害、複雑性PTSD、喪失を通じてインナーチャイルドに向き合った20年の記録を辿れるようにしてある。
「感情は魂の言葉」「向き合うことは愛すること」「視点が認識をつくり、認識が経験をつくる」というテーマによる三部構成となっている。基本的には時系列で抜き出しているが、断片的な寄せ集めではなく、全体を通じてインナーチャイルドに向き合った雛瀬の歩みが有機的な1つの物語となるように構成されている。
第一部「感情は魂の言葉」では、自身が傷ついていることすら自覚できていなかった雛瀬が、自分の感情に耳を傾けることによって歩みを始めるまでの5年弱を描いている。このなかで雛瀬は大きな喪失を経験しており、この別れは彼女に強い影響を与えた。
第二部「向き合うことは愛すること」では、彼女が心の奥にしまい、見ないように覆い隠していた自身の過去に向き合った5年ほどを描いている。第三部「視点が認識をつくり、認識が経験をつくる」では、愛する人を喪失し、自身のトラウマが容易に解決しないなかで、それをなくすのではなく、ある種の自己変容を通じて認識が変わり、経験そのものが変容した霊的な歩みに焦点を当てている。
彼女の歩みを書籍にまとめることは困難な取り組みだった。100冊の内容を1冊にまとめるという紙面上の限界もあるが、ほかにも2つの理由がある。
1つは、抜粋したそれぞれの出来事は独立したものではなく、出来事と出来事をつなぐ日常のなかに彼女の歩みがあるためだ。ある日の日記を抜粋する形でそれを伝えるのは困難だと感じた。そこで、適宜、日記と日記のあいだには、わたしの記憶、カルテ、前後の日記を踏まえた簡単な補足を加えた。
もう1つの理由は、そもそも日記とは、仮に本人が当日に書いたものであったとしても、あくまで事後に客観的な立場で記録するものであり、そのときどきで感じる内面からの描写ではないことだ。そこで、日記の前後に書かれていた詩を日記と区別する形で掲載した。詩には、そのときどきで感じたことが内面的な視点で書かれているためだ。この書籍は、実際の記録であるものの、むしろ詩集として読んでいただいても構わない。
Drop+Kiss...+ に載せられた一つひとつの日記は、ある日に当日の日記として書かれたものである。後日、彼女が加筆、削除することはなかった。この書籍をまとめるにあたっても彼女のルールを尊重し、わずかな誤字と脱字を直すに留め、可能な限り変更を加えない方針とした。句読点の連続や改行による余白は、いずれも彼女が意図したものである。また、編集にあたり、文脈に沿わない部分を省くことや入れ替えることはあっても、新しく付け加えたり創作した部分はないことをお伝えしたい。
本論に入るにあたり、世界を御伽話のようにとらえることから始めてみたい。世界には愛より不安が多く、光より闇が目立つことについて、彼女は寝る前にそっと子どもに言い聞かせるようにこう書いている。
真昼の夢
不安ってね……みんながもっているものなんだよ。
神さまから、人へ、その持ち物として与えられたものなんだよ。
だから……不安がない人などいない。
闇ってね……みんながもっているものなんだよ。
愛ってね……みんながもっているものなんだよ。
それを与えられるだけではなく、与える側になりなさいと、
神さまはいっているんだよ。
そうすれば、世界は愛に満ちるからね。
死ってね……だれにでもおとずれるものなんだよ。
遅かれ早かれ人は死ぬ。そのように神さまが作られたからなんだよ。
ねぇ……。
じゃあ……
聖なるものってなあに?
それはね
うまれたときからみんながもっているものなんだよ。
それをより輝かせて、神さまにみせられるようにしないとね。
さぁ、今日はもうおそいからねようか。
はあい……。
2016年2月