真昼の星
ななは高校生になって、しばらくして、ある日、決めた。
「自分にすなおでいよう。」
前回の栞があります。
16歳から書き始めた日記、カルテ、ナレーション——三つの声が重なる、第一章「切り離された感情と魂の片割れ」の冒頭を読む。
ナレーション、日記(手書きに近い文体)、カルテ(医師・カウンセラーの記録)。それぞれを混ぜずに読み進めることで、記録の層が見えてくる。
一気に読むのではなく、区切りごとに栞を置きながら読む設計。右上のメニューから栞の保存と再開ができます。
右上メニューから切り替え可能。縦書きモードでは短い「紙面カード」を縦に積み、横スクロールなしで縦書きの感覚を体験できます。
最も奥深い感情のなかに、最も高い真実が隠されている。
それはこころの奥底から私たちに絶えず語りかけている。雛瀬が16歳で日記をつけ始めたのは、最も深い感情からの呼びかけであった。そして、それに従うことは多くの人々にとって安易な道ではない。むしろ、困難なものである。彼女にとってもそうであった。
何かを決意したかのように16歳で日記をつけ始めた時のことについて彼女はこのように語っている。
ななは高校生になって、しばらくして、ある日、決めた。
「自分にすなおでいよう。」
そしてこの日記をかきはじめた。すると、瞬く間にふあんと恐怖とこどくにおそわれるようになった。ひとを好きになるのが思春期だと教えられたけれど、すきとかきらいの前に自分がそこにいていいのかがわからなかった。
いつの間にかリストカットするようになった。痛いとか、どうしてとか、ぜんぶわすれた。
ななはきっと、リセットされたんだ……
一度死んだたましいが
ふたたびこの体の中で生きようと
呼吸をはじめた。
なながなんやかんやといっしょうけんめい日記をかくのには、明確な理由がある。それは、ただただ自分に素直でいようと努力するため。
日記を書かなければ、日々は確実に年月を蝕んでゆく。
ななは、ただときがながれればそれでいいせかいに、いきてたの……それをやめたかったの……きっと……。だから、書くってこと自体が、すでにすなおさなの。
そして、その内容には偽りやきたないものがあってはならない。それはなながきめたルールだから。いくつかルールはあって……それをすべてクリアしなければならないけれど……書けることってたくさんあるから、そこで絞らないといけない。
ぜんぜん絞れてないのがななの日記なんだけどね。でもこれでも絞ってるんだよ。みえないところでね。
日ごろの生活で、ななは、どれだけ自分に素直でいられているのかな。
なながどれだけすなおでいられているかが、神さまにえらばれる基準のようなきがするの。
神さまなんておおげさなものじゃなくても、自分を律してくれる真心の親みたいな……そんな感じ。親だからね……誰にでもいて、宗教なんて関係なく、きっと、内なる神は存在するんだろうし、どんな手段で接触するかは選べると思う。
いつのころからか……根強い感覚。
「リストカットがやめられない」。親に連れられて、不安げな面持ちで彼女がO病院の精神科を初めて訪れたのは2004年の高校2年生のころだった。睡眠障害や不安など軽度の症状を扱う近所のメンタルクリニックから紹介を受けて地域の中核病院であるO病院へ向かった彼女は、医師の指示で心理カウンセリングを受けることとなり、そこで、その後、14年間にわたりお世話になるカウンセラーのS先生と出会った。
S先生は、白衣に身を包んだ40代前半の男性で、線の細い上品な印象の臨床心理士だった。大学卒業後、隣町にあるY市の児童相談センターでキャリアを積んだのち、数年前からO病院の専任となっていた。S先生の専門が児童心理であったことは、彼女にとって幸運なことだった。
純粋な関心を向けられる以上に励みになることがあるだろうか。ささいなことに関しては支配的/過干渉なのに、頼りたいときには放置/無関心な家庭環境だった。窮屈なのに頼れないという思いで育った彼女は、カウンセリングに弾む気持ちを抑えきれなかったはずだ。
自分をわかってくれるのではないかという期待とまた裏切られるのではないかという恐れを感じながら、彼女は、自身についてノートに綴り、初めてのカウンセリングに持っていった。そのときのことをS先生はカルテにこのように記録している。
中学時代に自分があったいじめについてノートに記して持参。
感情を顕にせず、悲惨な状況を淡々と朗読される。PT(編集部注:患者)が属している友人グループの中では、自分のことを「ナナ」、両親を「パパ、ママ」と呼び、日常生活と異なる呼称を用いている。
よい意味で新しい自分を創ろうとしていると受け止められるが、他方で現実を否認しているとも読み取れる状況である。
PTがいじめを気のせいだろうと否認し続けながらリストカットをすることは、生きている生身の人間であることを確認する意味なのかもしれないと解釈した。
「物」のように心の無い存在として扱われることに対する本人なりの抵抗なのであろう。
また、淡々と語ることについても気持ちを押し殺すことが慢性化し、本当の気持ちを見つけることができなくなってしまっていることを伝えた。
小学校では無視され、いじめられた。中学校では陰口を叩かれ、担任はそれを黙認した。
抱えきれないほどの情けなさと悲しみを押し殺してきた彼女が、〝ただ時が流れればいい世界に生きていたのをやめて、自分に素直になる〟ことを決意した高校生の時、S先生に出会った。
そこで、彼女は幼少期のPTSDとそれに伴う解離性同一性障害と医師から診断され、心理カウンセリングが始まった。
それは、解離により自分自身を失い、空虚感、虚無感、憂鬱に生きていた彼女が、闇のなかで光を求める歩みの始まりだった。
上下巻808頁。20年の記録をたどる、文芸ノンフィクション。
このWeb体験は紙の本への入口です。808頁の全記録は、紙の本でしか読めません。
四六判/392頁/第一部・第二部
各¥1,980(税込)
四六判/416頁/第三部・エピローグ
各¥1,980(税込)